宮大工・小川三夫棟梁のお話

10.04

中秋の名月の夜、

宮大工の小川三夫棟梁の講演を聴いてまいりました。

 

小川棟梁がその道を決めたのは東京オリンピックの昭和39年。

高校の修学旅行で法隆寺に出会ったときです。

 

そのすばらしさに感激して

こういうものをつくりたいと、

当時最後の宮大工といわれた

西岡常一棟梁への弟子入りを志願します。

宮大工という仕事の存続も危ぶまれたころです。

 

「千年持つ木は断崖絶壁の上に立つ」

「道具に恥じない」

「本物を作っていれば技術は蘇る」

「建物はいつか滅びるけれど、

美しく滅びるものをつくりたい」

 

師弟関係や道具との向き合い方、修行ということ

日本文化の真ん中に流れるものを感じつつ

自分の道をただひたすら歩くということの尊さを感じました。

 

40年来のおつきあいだという

聞き書きの塩野米松さんの

対談での言葉も印象的でした。

 

外から入れる知識や情報は何の役にも立たず、

技は心の問題。

今の教育で及第点を取ってきた人たちは、

近道を考えてしまい

職人の世界で100点が取れないと。

 

大量生産のものを生み出した消費社会同様、

教育もまた画一的な人間を生み出してきました。

だから自分の内側から離れてしまうのですね。

 

私がずっと自信がなくてさまよってきた理由も

腑に落ちました。

だからこそ、

友常当主の継承する世界に出会ったのだと思います。

 

言葉の世界の小ささ

等身大の自分に向き合うこと

素直に感じること。

ただ行うことの大切さ。

 

改めて感じさせていただいたひとときでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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