I'm from Japan.

6 きく組

     
2010年 小学生の間に読んでおきたい本

紅葉

 

 夏が過ぎ、いよいよ、一年中で一番過ごしやすい季節、秋になった。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、このお彼岸の一周間のうちに暑さはどこへやら、長袖のほしい気候になったね。(お彼岸は春にもある。春のお彼岸の一周間のうちには、冬の寒さがなくなって暖かくなるんだね。)
 秋と言えば、君にとっては何の秋? スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、実りの秋、収穫の秋。それとも、「天高く馬肥ゆる秋」で、食欲の秋かな? 秋は本当に大和の人々にとって最高の季節だ。赤とんぼ、お月見、すすき、栗、柿、コスモス、萩、きんもくせい。

 

かたみとて何か残さん春は花夏ほととぎす秋はもみじば 
良寛


良寛さんは、秋はもみじばだと言う。「もみじ」っていうとどんなものを思い浮かべるだろう。たいていは、あの赤ちゃんの手のような形の葉っぱかな。紅葉(こうよう)してきれいだよね。紅葉するのはこればかりではない。黄色い銀杏(いちょう)もきれいだし、桜や柿の葉っぱだっていろいろな色に染まる。その落ち葉を集めて、焚き火をし、おいもを焼いて食べたなんて経験はないだろうか。まあ、それはべつとして、あの赤ちゃんの手のような形の赤い葉っぱは、本当は、楓(かえで)というんだ。楓というのは、手木(かえでのき)のことだ。葉の形が、かえるの手に似ていることからついた名だ。新緑の頃は青楓と言う。それが秋になると紅葉(こうよう)して赤くなる。黄色くなるのもある。紅葉(もみじ)するとも言う。

 古代の人々は、色を揉(も)み出して求めていた。そこで、草木が露、霜のために揉みいだされるところから、木の葉が赤や黄に色づくことをモミイズルといい、モミジといわれるようになった。これで、「もみじ」というのは、ほんとうは紅葉(こうよう)した楓ばかりではないことがわかったね。銀杏も桜や柿の葉も、秋にはもみじするわけだ。古くは「もみじ」を「黄葉」と書いた。万葉人にとっては「もみじ」というのは、黄色感覚であったようだ。



奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき
猿丸太夫


奥山で、散り敷いた紅葉を踏み分け踏み分け、鳴く鹿の声を聞く時こそ、秋は悲しい。


百人一首の中の一首だが、どんな情景が目に浮かぶだろうか。晩秋の交尾期になると、牡鹿はしきりに鳴いて、他の雄に挑戦する。このしわがれた鳴き声は、遠くで聞くととても哀れに聞こえるという。山奥で、赤や黄に染まった落ち葉を踏み分けて、そんな風に鳴く鹿の姿だろうか。そうかもしれないね。でもね、紅葉するのは木の葉っぱばかりではないんだよね。草だって紅葉するのだ。草紅葉という。黄葉した下草を踏み分けているのかもしれないね。「もみじ」と言って思い浮かぶのは、「紅葉した楓の葉」だったのが、今は、「紅葉した木の葉」から、「黄葉した下草」まで浮かんでくるようになったわけだね。

 

小倉山峰のもみじば心あらば今一度の御幸またなん
貞信公


小倉山の峰のもみじ葉よ。もしお前に心があるならば、もう一度、今度は主上の御幸があるはずだから、その折までどうか散らないで、待っていてほしいものだ。


この百人一首のもみじばは、「楓」かもしれないね。天皇が、紅葉狩りにいらっしゃるまで、もう一回だけ、散らないで待っていてほしいというのだ。枝の紅葉している葉が、もうすぐ散りそうなんだよね。「小倉山」は紅葉の名所だっだ。紅葉の名所といえば、竜田川もそうだ。



 


嵐吹く三室の山のもみじ葉は龍田の川の錦なりけり 
能因法師


嵐の吹き散らす三室の山のもみじ葉は、龍田川に流れ入って、    
                      龍田川の錦ともいうべき美しい光景である。


ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれないに水くくるとは 
在原業平朝臣


不思議なことのあった神代にも聞いた事がない。龍田川に、
                                     もみじが散り、紅色に、水を絞り染めに、染めあげるとは。

 

同じく二首とも百人一首の歌だが、龍田とは、「たつたあげ」の龍田だ。(竜田とも書く。)おしょうゆで下味をつけて、片栗粉をまぶして油で揚げる。それがたつたあげだ。揚げたときの色がもみじを思わせるのでついた名前だという。

 

秋の夕日に照る山もみじ 谷の流れに散り浮く紅葉
濃いも薄いも数ある中に 波にゆられて離れて寄って
松をいろどる楓や蔦(つた)は 赤や黄色の色様々に
山のふもとの裾模様(すそもよう)水の上にも織る錦(にしき)

 

みんなも知っていると思うけれど、「もみじ」という歌だ。楓というよりもやっぱり紅葉全体を歌っている感じがする。二番は、「嵐吹く」の歌と同じ情景だね。  秋が深まるとともに、草や木が次々に紅葉してくる。そして、最も遅れて、最も美しく紅葉するのが楓だ。そこで、後の世になり、楓のことを紅葉を代表するものとして、「もみじ」と呼ぶようになった。  紅葉は、桜と共に大和の人々にたいへん愛(め)でられて、和歌にもたくさん詠まれてきた。だから話はまだまだ尽きないけれど、それはまたいつか。最後に、「秋はなぜ月が美しいか」話しておこう。

 

ひさかたの月の桂(かつら)も秋はなお紅葉(もみじ)すればや照りまさるらん 
忠岑 「古今集」
 

 中国の伝説によると、月の中に川があり、そのほとりに、高さ五百尺の桂の木があるという。秋になると、その桂の葉が色鮮やかに黄葉し、それによって、月もなおいっそう照り輝きを増すということだ。

 

 




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